現場で学ぶ環境構成2012/07/04

今年も、ゼミで環境構成を学ぶために、浜松市内の愛恵保育園さんへ見学をお願いしました。

愛恵保育園さんは、何度訪問しても、子どもと保護者へ心づかいが随所にあふれていることに感動します。
保育の環境は、保育者の思いが形として現れたものであり、保育の環境構成とは、こんなおもちゃを置くとか、こんな環境にするとかいうノウハウではないということを伝えたいと思っていますが、それを100回講義するよりも、先生方の思いにあふれた園におじゃまして、その空間に身をおくことが一番だと感じます。

     
 
                  副園長先生より、子どもたちへの思い、保育への思いを伺います。


                元々は制作物を飾るグリーンの壁、布でカバーされています。1歳児室。


 
 
                   「うらしまたろう」の積木は学生たちの撮影スポットに。


         
              竜宮城のなかはごちそうが並んでいました。私もチマチマ大好き、一緒に作りたい気分。



愛恵保育園さんへ伺うと、新しい保育のイメージをもつことができます。

「食器が、子ども一人ひとり違うなんて」
「トイレにも先生の優しさがあふれている」
「同じままごとの空間でも、各年齢、違うものがおいてある」
「遊びたい、園児に戻ってここでもう一回やり直したい」(!?)
「おもちゃが違う、てづくりがすごい」
「先生たちがみんなすてき、優しい顔をされている」
「園長先生がとても謙虚でいらっしゃった」
「私たちのような学生でも、もてなしてくださるなんて感激」
「こんなあたたかい保育をした~い」
と、驚きと感動をいっぱい持ち帰ったようでした。

         
                   「いごこちがよすぎる」と座り込んでいる学生たち。


最後に園長先生と学生の懇談の時間をいただき、保育の未来をつくる学生たちに、「どんな保育であっても、自分たちにできることは必ずあるし、必ず見つかると思います」というメッセージをいただきました。


松田園長先生、副園長先生、愛恵保育園の先生方、いつも学ばせていただき大変にありがとうございます。

「具体物」と「抽象概念」をつなぐ「抽象化された具体物」2012/07/07

モンテッソーリの研修に参加した際、講師が、自分は子どもの頃算数が嫌いだったが、モンテッソーリ教具に出会い、算数のおもしろさに気づいたという話をされました。もしも、子どものときに教具と出会えていたら、きっと自分は算数が大好きになっていただろうと。

私も研修を受講して講師の話に納得。モンテッソーリ教具は、体系的に実によく考えられています。モンテッソーリはかなり理系の女性だったようですね。優しさにあふれたモンテッソーリがなぜ遊びを嫌ったのか、本を読んだだけではわからなかった謎が、算数教具を実際にさわるなかで溶けた気がしました。

モンテッソーリの感覚教具には、抽象化された具体物がそろっています。

子どもたちは、幼児期に「じゃがいもを、たくさん収穫する」、「大きいさつまいもと、小さいさつまいもを分ける」など、具体的、直接的な経験を積み重ねますが、そこから、小学校での数量・形などの抽象的な概念の世界へ入るには段差が大きすぎると感じています。その間に、抽象化された具体物があることで、段差を埋めることができます。


 
 
 



 
 
                      もっともお気に入り。青い12枚の三角形。美しいです。

                     


小学校では、具体物を使った算数的活動によって算数を理解することが学習指導要領に示されていますが、小学校は一斉授業がメイン。ゆっくりと時間をかけた個別学習ができるのは、幼児教育の強みです。
これまでモンテッソーリ教具は、提示の仕方が決まっているために使用しない園も多かったのですが、小学校へ上がる前の半年間の6歳児保育で、モンテッソーリ教具を「活用」できないかと考えています。

今年の共創祭(学園祭)では、ディコレスプログラムの一環として、2年生が各クラスごとに子ども向けのイベントを行います。私が担当するクラスのテーマは「おもちゃ」。対象は乳幼児とその保護者、幼稚園・保育園の先生方です。
園や家庭で、手軽に手作りできるおもちゃと季節の飾りを展示する予定です。モンテッソーリの理論を取り入れた手作り玩具に加えて市販のモンテッソーリ教具も展示します。来場された保護者の皆さんや先生方と、教具や玩具についてお話できることが今から楽しみです。

保育者による保育のための研究2012/07/16

今回、保育者の頃からずっと気にかかっていた保育者の研究について、小学館「新幼児と保育」で取材をしていただきました。大枝桂子さんのイラストが最高です。

0歳からの総合保育誌 『新幼児と保育』 2012.8.9月号、小学館

 
 「保育研究虎の巻」
  

私は、実践の質を高めるためには、「実践報告大会」が有効ではないかと考えていますが、これまで「研究大会」が行われてきました。学童期以降であれば、言葉を用いる授業であり、授業の目標は知識・技術で学習成果も明らかですから、研究にも乗せやすいことでしょう。しかし、乳幼児期の教育目標は、心情・意欲・態度であり、客観的評価がむずかしい目標です。教育方法は、生活と遊びという経験を通した学びの援助です。子どもたちは異なる動きをしおしゃべりをしますが、それを保育中に記録することは至難の技です。一人に焦点をあてれば研究をできるのでしょうが、私自身、すべての子どもに意識を向けなくてはならない職務中に、一人の子どもに意識を集中することはできませんでした。全員が先生の話を座って聞き、言葉で反応する授業研究の実施が授業へ与える効果と、保育研究が実践へ与える効果をとても同等には語れない、と思っています。

また保育と研究では、使用する言語が異なります。



保育者は、子どもたちといっしょに生活しているために、ファンタジーの世界を大切にし、概念の使用は意図的にさけます。「ふわふわ」、「いっぱい」なんて言葉を使いますが、こういう言葉を使う職業はあまりありません。
また保育者は、保護者に対してもできるだけ客観的な事実を伝えないように言葉を選んでいます。

もしも厳密な思考が得意な保育者がいたら・・・
こども「せんせい、じゃがいもがわらってる」  先生 「じゃがいもはわらいません」 
こども「せんせい、はい、おにぎり(とブロックをさしだす)」  先生「これはブロックよ」 
目に見えて何かできるようになる保育を優先するでしょう。


保育者には、道端に咲く小さな花の美しさや子どもの素朴な表現に感動する感性、感動したときに「うわぁ~」と声をあげる素直な表現力、子どもたちと歌い踊り、一緒に笑いあう伸びやかなからだが必要です。
そんな保育者が、やわらかい保育実践を硬い言葉に翻訳するために、ご苦労されている現状には胸が痛みます。

また大学に所属する研究者でさえ「休日を使ってしか研究ができない、忙しくて今年は研究ができなかった」という声を聞くのに、記録や準備を家に持ち帰っていらっしゃる先生方が、どうやって研究時間を確保されているのでしょうか。保育者には研究能力が不可欠なのであれば、修士卒の資格、少なくとも四年制大学卒業資格にするべきですし、研究の前提として保育園では幼稚園と同じ研究時間の確保が必要でしょう。保育研究は、「保育に支障がない限り」が望ましいと思います。



いま、保育者は、保育以外の借り物の服を着て、立派に見せることを要求されているように思えます。
求められながら上手くできないことは、保育者に「不全感」や「自己否定感」をもたらします。「保育者は研究ができない」と指摘を受ければ、保育者の自尊心は傷つきます。保育者の職務は「保育」であり「保育研究」ではありません。
保育者は、保育の専門性を自覚し、そこを高めることによってこそ、職務と自分への誇りをもつことができるでしょう。
「実践報告」を堂々とできることが、実践に自信をもつ専門家の姿ではないでしょうか。



私は、借り物の専門性ではなく、保育者が保有する保育の専門性に基づいて、保護者の支援も、保育の研究も行うことを提案していきたいと思います。取材では、保育に支障が出にくく、保育の専門性を言語化して、研究のプロセスがそのまま研修となる研究方法を紹介しました。

保育者は、保育の専門性を高めることが何より最優先です。 もっと保育を! もっと保育を!

数に強くなる2012/07/24

保育士を辞めた後、保育内容の体系化をコツコツと続けてきましたが、今年は数量の体系化の仕上げをしようと、移動時間には算数、数学に関する本を読むように心がけています。研究のために読み始めましたが思いもよらずおもしろい。数学の勉強をしながら、(どうしてこんな役に立ちそうにないことをやらないといけないの)と思っていた学生時代にこういう本と出会いたかったものです。なぜ小中学校では、教科書以外の本を薦めてもらえなかったのでしょう。考えると不思議です。


畑村洋太郎  「数に強くなる」  岩波新書、2007
「直感でわかる数学」の著者。数字が大嫌い、数学の教科書を見るだけでじんましんが出る人のために書かれた本だそうです。
前回の研究会で、「わかりにくい算数の授業をする先生は、数の本質がよくわかっていないからではないか」と発言された先生がいました。まさにその通り!とひざを打つ思いでしたが、(といっても私も本質をわかっているわけではありませんが)、数の本質がわかる授業なんて受けたことがない人がほとんどでは。数を理解するには、こういう本を何冊も読むことが近道ではないかと思います。



遠山啓  「数学の学び方・教え方」 岩波新書、1972
はしがきには、こうあります。
「いま、多くの人々が、日本の教育のあり方に対して憂慮の念をいだいています。学校は子どもをのびのびと学んだり、遊んだりさせる場所ではなくなり、毎日のようにテストをやらせ、子どもたちをたがいに競争させ、その競争に負けた子どもは一生涯うだつがあがらないようにする仕組みができつつあるようです。すべての子どもを賢くするためにつくられたはずの学校が、いまでは子どもたちを優等生と劣等生にふるいわけ、子どもたちを序列づけるための施設にかわりつつあります」・・・1972年で、このひらがなづかいと平易さ、驚きます。
内容も、はしがき同様、大変にわかりやすく説明されています。

それにしても、多くの子どもが数や算数が嫌いになるのは、「教育」ではないのかもしれません。
保育園のときに「クラスで一人でも最後まで跳び箱を飛ばせられないのであれば、跳び箱に取り組んではいけない」と言われていましたが、小学校は学年で教育内容が設定され子どもに合わせて教育内容を選択ができないのですから大変です。 幼児教育は、子どもに合わせて活動の選択ができます。



遠山啓  さんすうシリーズ ほるぷ出版は、ただいま取り寄せ中。

教師教育学研究会2012/07/27

今年の卒業生たちへの最後の授業の日が迫ってきました。この4年間で、新しい言葉と、新しい行動を手にすることができたでしょうか。社会と教育を見る目が変わったでしょうか。入学したときとは違う自分を感じているでしょうか・・・。


保育内容総論のまとめでは、武蔵大学武田信子先生が主宰する教師教育学研究会のパワーポイントを紹介しました。
全編は以下の研究会のページにあります。

       教師教育学研究会ホームページ


学生や保育者の皆さんには、ぜひ以下の二つのパワーポイントを見ていただきたいと思います。

海外視察・調査報告
  •             アップする機会を失ってしまった浜松城のあじさい。もう見頃が終わりを迎えましたね。