関わるための話し方とは2017/08/28

保育者の関わりに関連するさまざまな文献を読んでいて、
ますます大きくなっていく疑問があります。
それは、保育者の声の出し方、話し方

幼児の歌唱指導で、「大きな声で」「元気よく」と
歌わせる指導方法に、賛否両論があるように、
保育者の話し方と声の出し方も、園によって異なります。

ある園では、新任の保育者は、
「大きな声で、子どもたちを引きつけられるように」と、
オーバーな話し方をするように指導を受けます。
先生は、騒音の中で聞き取れる、甲高い裏声を使って話します。
絵本も、声色を使い演劇のように感情をこめて読みます。

反対にある園では、新任の保育者は、
「声は静かに出すように」と指導されます。
絵本は、「子どもたちが想像できるように」
声色は使わずに読みます。

関わりは保育者に任され、
一つの園のなかで、大きな声の先生と静かに話す先生が
混じっている場合もあります。

関わりの研究で観察したある園では、
保育者は、幼児の集団にも静かな話し方をしていました。
インタビューをすると、保育者は、
「子どもが自分で話に注意を向けて聞き取ることができるように
わざと普通の声で話しています」と、その意図を説明されました。

「キャピキャピした保育者」を求める園
(これは関わりに関する本に書かれていた言葉です)と、
「静かで知的な保育者」を求める園とがあり、
そこには子ども観、保育観の違いが現れていると考えられます。

私も中学生の頃、ピンポンパンのさかいお姉さんが大好きでしたが
幼児番組やアニメの話し方や歌い方は、
声が高い、テンションが高い、抑揚が大きいなどの特徴があります。
探索欲求の強い乳幼児を、平面の画面に引きつけるには、
このような話し方が、有効であると考えられます。
しかし、対面のコミュニケーションには向くのでしょうか。

保育者が追及するのは、
赤ちゃんと、情緒的に交わることができる話し方であり、
幼児クラスで、保育者と子どもの豊かな会話が成り立つ話し方です。

目の前の赤ちゃんと信頼関係をつくる話し方は?
目の前の子どもの心と体に届く話し方は?
幼児の集団に対する話し方は?
それらに共通する原則は?

原則づくりの旅はまだまだ続きます。

学びの二つの方向性2017/06/17

保育学会の発表で、印象的な質問を受けました。
ここ数年、0~6歳の保育内容を体系化する研究を発表しています。
今年は、「人間関係」の発達と、発達に合う教材や活動の体系化です。

「高山先生は環境の研究者だと思っていたので、
教材や活動とは、一番遠いと思っていたのですが」

(え~~!そうなの~!)と心のなかで叫んでいた私ですが、
「環境×文化→豊かな遊び」
自分だけの常識だと気づいた瞬間でした。

自然・物的環境を準備するだけでは、豊かな遊びは生まれません。
森のなかでも、テレビの再現遊びを繰り返す子どももいます。
保育者が、どんな文化を提供しているか、それによって遊びの質は変わります。
子どもは、自発的な活動の中でも学び、大人の指導からも学びます。
遊び中心の保育や、環境を通した保育は、自由放任の保育とは異なるものです。

保育者のもつ専門性は、まだまだ言語化・理論化されていません。
私の専門性言語化計画。

本当は、環境構成も、子どもの把握も、関わり方も、
発達に合った遊びと生活も、保育のマネジメントも
養成で教えられれば良いのですが、
言語化されていないために、科目すら設置されていない状況です。

専門性のなかでも、環境構成が、他者に見え、
子どもの行動に影響が強いため、
最初に、環境構成の理論化に取り組みました。
ほぼ、まとまりつつあるのが、2冊目の保育者の直接的な関わりです。

そして、保育者のときから研究を続けているのが
3冊目の子どもの発達と遊び。
名のない遊びも含めて
この時期には、こんな遊びが子どもたちから生まれる、
またこのような遊びを通してこのような学びを得る、
それらを保育者が知っていないと、
小学校の先取り教育か、
教育の意図のないお楽しみ会のような保育、になりがちです。
保育者が想定する遊びの幅が広いほど、子どもの活動は広がります。





保育者は、どんなに子どもへの愛情や思い(エンジン)を持っていても、
発達の理解や生活や遊びの具体的な知識(車輪)がないと、前へ進めません。

うた、踊り、リズム活動、体操、絵本など芸術的な文化の質や
伝承されるおにごっこ、わらべうた、手合わせ遊びなど遊びの質によって、
子どもの日々使う言葉が変わり、体が変わり、遊びが変わります。

何億年もの進化の過程を、遊びのなかで繰り返す子どもたちに
どの時期に、どんな環境をつくり、どんな文化を提供するのか。
それは、とても難しいけれども、創造的な仕事です。

実践の現場から、保育者の意図と技術を明らかにしたいと思います。

教材や活動選択の根拠2016/08/04

ゼミの学生たちが絵本を選ぶブログを読んで、
選択の基準ってあるのでしょうか?」と質問をいただきました。

私が園を見学させていただくときに必ず写真を撮るのが各クラスの絵本棚です。
各クラスの絵本棚には、そのクラスの保育内容が現れます。


また、絵本棚には、保育の専門性も現れています。
よく勉強している先生は、絵本棚に置く本のバランスが見事。

でも、何千冊とある絵本、
それも学童向けや大人向け絵本も多いなかで
選ぶのは難しいですね。

保育は、教材を体系化した教科書や
教師向けのガイドもなく、
保育者の自由度がとても高い仕事です。
保育者にもし専門性がなければ、
「私がいいと思うから」「私が好きだから」と
自分の好みや主観で教材を選ぶことになります。

極端な例ですが、その昔、先生の好みで、
キャンディーズの歌ばかり歌わせるクラスがありました。
親なら何の問題もないけれど、園の場合はちょっとまずい。
また「子どもを喜ばせたい」と偏ったメニューを作る栄養士
がいたら困りますね。

保育者は、大切な子どもたちを預かり
大切な乳幼児期の教育を行うため、
園でどんな教材を選ぶか
どの活動を優先するか、
専門職として選択の基準があります。

保育には、
「遊びを通して行う」「環境を通して行う」という
二つの大原則があります。

その他に方法原理として、
「発達の原理」
「経験の原理」
「自発性(主体性)の原理」
「個性化の原理」
「関係性の原理」
「相互作用の原理」
など、研究者によって分け方が異なりますが原則があります。
そしてこれらは、指針の「保育の原理」や、要領の「幼児教育の基本」に
文章で示されています。

園での時間には限りがあります。
そのため保育者は、
発達に合うもの、直接体験、身体感覚が伴うもの
自発的・主体的な活動、一人ひとりの個性が発揮できるもの、
人や物との関わりが生じるものなど、
保育の原理に合ったものを優先することになります。

指針の保育の目標には
「子どもが現在を最も良く生き、
望ましい未来をつくり出す力の基礎を培うために」
とあります。

大人が提供する文化である絵本や歌も
繰り返しその文化にふれることで何を経験するのか、
その後、どんな遊びが広がるのか、
そこで子どもたちがどんな価値を身につけるのかを
保育者は想像して選ぶことになります。

保育環境の研究でも、
意図的に環境を構成している園では、
保育者に「なぜこの人形ですか」
「なぜこの絵本ですか」と質問すると、
専門知識に基づいて根拠を説明することが特徴的でした。
「なぜ、その絵本ですか?」と尋ねられたときに、
「子どもが喜ぶ、好き、うける」以外の根拠がどれだけあるか、
そこが保育の専門性だとインタビューで学ばせていただきました。

でも最初は、
この本がこの発達段階の子どもに合っている
なんてわからなくて当然ですから、、
学生には、まずは学習を薦めています。
「保育と絵本」(瀧薫)など質の高い参考資料を読むことや
こどものとも社のカタログの年齢別お薦め絵本を参考にして
絵本をまずは読んでみることを薦めています。

こんな感じで質問の答えになったでしょうか?
ご質問、ありがとうございました。

オープンエンドの活動を考える2016/06/23

今年も、幼稚園教育実習の訪問の季節がやってきました。
実習訪問は、大学の教員にとっては、現場から様々な学びを得る時間でもあります。
学生の指導を行うことが最も重要な職務ですが、同時に園長先生のお話を伺い、各クラスの環境や先生方の指導、壁に飾られる絵などから、多くのことを学びます。

「父の日」の絵で、非常に個性的なお父さんたちの絵が並んでいるクラスと、同じようなお父さんの絵が並んでいるクラスがあると、(おお!指導によって、ここまで子どもの絵が変わるのか!)と心の中で大興奮していたりします。

学生が実習案として考える工作も、指導案の内容によって、できあがりが同じものになるか、違うものになるかがある程度予測できます。全員が同じ作品になるか、違うものになるか。終わりが閉じているか、開いているか。最終的に「できたー」と言うものができるだけ違うものになる活動や、終わりは保育者の予測がつかない活動ほど、子どもが考える、工夫する余地が多いと考えることもできますね。

実習で、指示をした通りに子どもたちが行って、スムーズに進んで、誰も何も話さず、トラブルも何もなく終わる活動は、たぶん子ども自身の経験は少ない活動。子どもが選んだり決めたり試行錯誤したりする活動では、とまどうことや迷うことも起きます。また友達との関わりが多ければ多い活動ほど、トラブルも起きて大変です。だからそういうことがあったからといって落ち込まないでほしいと思います。

幼児教育では、拡散的な思考を使う活動、開かれた問いを多く取り入れてみたいものです。そして、工夫したり探求し続けることを苦にしない学習者を育んでほしいと・・・ああ、これは大学教育でも同じですね。


大好きな散歩道がついに舗装され、土の上を歩く場所が減りました。残念。

「はう運動遊び」の今井寿美枝先生に2015/05/08

チャイルドハウスゆうゆうの施設長である今井寿美枝先生に、ゼミで「はう運動遊び」を教えていただきました。
「はう運動遊び」をテーマに研究する学生のため、そして今井先生の遊びを通して指導する雰囲気を、学生たちに直接味わってほしいと、先生にお願いして来て大学まで講義に来ていただきました。




先生は、この2冊の著者でいらっしゃいます。
今井寿美枝、『はう運動あそび』で育つ子どもたち、2014、 丸山美和子・今井寿美枝、生活とあそびで育つ子どもたち、2010、いずれも大月書店。

月に何十冊も本を読むけれども、めったに本を買わない私が、「これは絶対お薦めです」と、先生方に薦めている保育の本です。河添邦俊先生に生活リズムを学んだ保育者の皆さんには、なるほど河添理論がこのような実践になったのか、と納得していただけると思います。



本に紹介されている遊びを実際にみんなで体験してみました。私もやりたい、でも写真も撮らなきゃ…。写真左上が今井先生です。動きがお若い!


大人でもキャーキャー大騒ぎになります。子どもたちと一緒だと、どれほど楽しいでしょう。
最後は、「だいだいだーいすき」を歌って終わりました。この歌は子育て支援や懇談会で使いたいですね。

なぜ、子どもたちが劇的に変わるのか、直接先生のご指導を受けてわかりました。
それは、「はう運動遊び」が、「遊び」だったから本当に楽しいのです。先生のはじけるような笑顔と遊び心で、思わず子どもがやってみたい!と動いてしまうしかけがあり、やってみると面白い。

発達に合った動きが選ばれていて、オリジナルのうたも安定したリズムがあり模倣しやすい。そして何より人と関わる喜びが遊びのなかに組み込まれています。子どもは人間のなかで人に育つ、発達の本質です。みんなと一緒だと楽しいなあ、先生だ~いすき、子どもがそう感じられる遊びでした。

今井先生の遊びは、まず子どもへの熱い思いがあり、その思いを理論に基づいて活動にし、目の前の子どもに合わせて自在に応用する実践でした。今井先生には理論という確かな根拠がありました。理論という背骨のある専門家は現場に合わせて自由自在に動き回ることができる、そして人に説明できる・・・やはり学びは大切です。

雑巾も、腕の力が弱い子どもの場合には乾いた雑巾を使います。ここでも発達に則した教材選択が光ります。


気づきが多すぎて書きたいことだらけですが、私のブログより、ぜひ今井先生の本をご覧いただき、研修会に今井先生をお呼びいただければと思います。

今井寿美枝先生、貴重なお時間をいただいて後進のご指導をいただきまして、ありがとうございました。


幼児にぴったりの体操をつくる2014/12/14

卒論提出まであと数日。ゼミでは3年生も一緒になって卒論モードです。
本学では、乳幼児期の運動の重要性をしっかりと学生に伝えて下さる先生のおかげで、運動の研究に取り組む学生がゼミに複数います。

先日のゼミでは、体操を研究する学生のために、アンパンマン体操の振り付けを2歳児・5歳児向けに修正するという課題を出しました。実はこの課題は、乳幼児期の運動発達過程を理解していること、幼児期に経験したい動きを理解していることが必要なので、学生にはちょっと高度すぎる課題です。予想通り、2歳児グループも、5歳児グループも、「難しい~」と音を上げました。

アンパンマンの曲に、乳幼児向けの振りをつけることが難しい理由は、もう一つあります。
それは歌詞。アンパンマンには意味をもった歌詞があるため、「もし自信をなくしてくじけそうになったら」、「いいことだけいいことだけ思い出せ」などの、歌詞に合わせた表現を考えたくなってしまうのです。歌詞にも合い、幼児期の発達にも合う動きを探すのはとても難しい。
一小節ずつ歌詞の雰囲気が違うと、そのたびに動きをしょんぼりしたり、元気にしたりしたくなります。幼児は同じ動きを何度も繰り返すことが大切な時期です。もしも体操をさせるのであれば、保育者は動きを丁寧に着実に指導したいもの。一小節ずつ動きを変えると、いい加減な動き方になり、保育者は、どの子どもがどのような動きをしているのかを把握しにくくなります。そうすると、体操をわざわざ一斉に取り組む必要性が減ってしまいます。

たとえば、「線路は続くよどこまでも」ですと、歌詞はありますが、「線路は続くよどこまでも」「野を越え山越え谷越えて」「はるかな町までぼくたちの」とずっと汽車が走っているイメージですから、一曲、振りを繰り返しても違和感がありません。歌詞の内容によって、体操に使いやすい曲と使いにくい曲があります。

乳幼児から小学生など異年齢が集まるイベントや大人向けのイベントでは、気分が上がるアンパンマン体操がぴったりだったりします。しかし保育者が、教材として使う場合には、まず目の前の子どもありき。目の前の子どもたちにぴったり合った動きと、ちょっと挑戦的な動きを考えること。幼児期に経験したい動きを入れること。そして同じ動きを大人はうんざりするぐらい繰り返すこと。そして、それが可能な曲を探すこと、と説明していると、「体操って、曲選びも考えないといけないんだ~」と声が上がりました。


卒論を書くために、遊ばないといけない私たち・・・広い保育実習室が活躍中です。

保育はこれが正解、という教え方ができない領域。
保育も大学教育も、探し続ける、考え続けることが必要。
私自身が、くじけない、あきらめない、投げ出さない力を持たなくてはと、今日も中腰で歯磨き中。


赤ちゃんの体を育む2014/09/07

0歳は、運動の中心である腰、知性の原点である注意力、心の根っこである人への信頼感、この3つが育つ大切な時期です。これらは、愛情を注げば自然に育つ性質のものではありません。子育ては本能ではできない学習性の行動。子育て支援を担う保育者としては、これらを育むポイントを、保護者にわかりやすく説明できるとよいですね。

今回は、運動の中心である『腰』を育てることについて、ポイントを書いてみたいと思います。
顔から転ぶ子どもが増えているというデータがありますが、2歳をすぎても歩くとすぐに疲れて抱っこをせがむ子どもや、歩行がいつまでも安定せずに転びやすい子どもが増えているという声も聞きます。0歳児クラスや子育て支援の担当者は、家庭生活の変化に配慮しながら、保育・支援内容を考えていきたいものです。

ポイント1 早寝早起き、夜ぐっすり。午前はにぎやか夜静か。
 
運動には脳の成熟が現れます。生活リズムが脳成熟の基盤。脳が機能し健やかに発達するためには、睡眠が大切です。今は昼は静かで夜がにぎやかな家庭も多いものです。赤ちゃんは昼間に太陽の光を適度に浴びることが必要。昼間は家に人を呼んだり散歩や買い物に行くなどしてにぎやかに過ごし、夜8時頃には静かに真っ暗な部屋で眠ることが、発達の基盤になることを、0歳の時期に上手に伝えておきたいものです。

ポイント2 仰向けで手足をバタバタ動かすことが大切、育児用品はほどほどに。
0歳の基本姿勢は、仰向けか、うつぶせ。仰向けで手足をバタバタと動かし、腰をねじり、思い通りに体が動かないよと時に泣いたりしながら、体を上手に動かせるようになっていきます。
子どもが求めてもいないのに抱っこばかりされていたり、お座りを介助する育児用品に長時間入れられていたり、ベビーカーやチャイルドシートや歩行器に長時間座らされたりしていると、赤ちゃんは運動する機会がありません。
目を合わせずに抱きっぱなしは、おサルさんの子育て。人間の子育ては、仰向けで目と目を合わせ、手に物を持たせます。子育て支援では、赤ちゃんを仰向けに寝かせて視線を合わせて話しかける保育者の姿を見てもらえるように工夫しましょう。またハイハイは、歩行よりも難しい協調運動であり、腰が据わった子どもでないとできません。まだハイハイをしていない時期に、大人が無理やりお座りをさせてしまうと、赤ちゃんはビクとも動けなくなります。
仰向けやハイハイを促す環境をつくり、探索をあたたかく見守る保育者の姿勢を意識的に見せたいものです。




ポイント3 さわって、くすぐり、キャッキャと笑わせると、手が開いて足が上がる。
体の緊張が強い、あるいは逆に弱すぎる場合には、歌いながら、なでてさすって体をできるだけさわりましょう。赤ちゃんはうれしいと、手が開き、足をピョコピョコと動かします。仰向けで上からあやすと、手のひらが開きます。仰向けで腕や足を大きく動かすことで、腰も据わります。
本能で、赤ちゃんはあやせません。初めてのことはわからないし、知らないこと、見たことがないことはできなくて当然です。他の人の自然な子育てを見る機会を、子育て支援や日常の保育で作りたいものです。




ポイント4 なめる、さわる、体を動かすことを見守る。
早期教育の情報があふれているため、赤ちゃんには刺激を与えないといけないという誤解が流布しています。しかし一方的に赤ちゃんに与える刺激はむしろ害。「何か刺激を与えなくては」と、乳児期からテレビを見せて、自分で遊べない子どもや、人よりも映像刺激を好む子どもに育ってしまうと、保護者は後で苦労することになります。
赤ちゃんの遊びは大人には理解しがたいもの。赤ちゃんは、自分の手や物を見つめたり、さわったり、なめたり、体を動かすこと自体が遊びであり、発達に必要な行動であることを、上手く解説できるとよいですね。


保育者は、子どもが「自分でできた」と思うように、援助することが上手です。
保護者に対しても、説教がましくなく、楽しく自然に子育てについて知ることができるように工夫してみたいものです。

食事場面の保育者の言葉2014/05/08

先日、乳児クラスの食事場面をビデオで見る機会がありました。
客観的にビデオで見ると、食事中の保育者の声が多いこと、多いこと。大勢の子どもたちに対して、数人の保育者が大きな声で、「○○ちゃん、すご~い」、「カンカンしない」、「○○ちゃんすわって」と声をかけるので、とってもにぎやかです。私も、保育者のときには同じようにやっていたと思うのだけれど、ビデオで見るとかなり苦しい。

昨年、吉本和子先生の講演会にお話を聞きに伺ったとき、園内研修で、先生方が食事のときに子どもに話している言葉を書き出しをした一覧表を見せていただきました。(ありがたいことに希望者全員がカメラで撮影して帰りました)

1歳児には、
「○○ちゃん、ご飯にしようか」
「元の場所に戻せる?」
「待ってるからなおせたらきてね」
「イスひくね」
「おわんにお汁入れるね」
「今日はさつまいもが入っているよ」などの言葉がズラリと並びます。

それらの言葉の一つひとつに、自主的な行為への働きかけ、状況の説明、方法の説明、情報の提供等の意図が書き込まれていました。集団の保育でありながら家庭以上の意図のある丁寧なかかわり。プロの仕事です。う~ん、私にはこんなていねいな保育はできていませんでした。

保育者が、テンション高く、甲高く大きな声で話さないといけないのは、大きな集団で一斉に何かをさせないといけないから。012歳児は、集団に合わせて自分をコントロールする発達段階ではありません。その子どもたちを集団で活動をさせること自体が、超早期教育なのかもしれません。

一斉にトイレに行く、一斉に食事を食べ始めるなど、012歳児の発達段階に合わないことをさせようとすると、保育者の過剰な援助が必要になります。一斉に生活させることをやめれば、待たせるために、手遊びや声かけで時間をもたせる必要も減り、励ましたり急がせたりするための声かけは不要になり、大切な声が嗄れてしまうことも少なくなるでしょう。家庭のようなあたたかい保育をしたいと願っている保育者はストレスが減るのではないかと思います。


ながかみ保育園の0歳児保育室。おだやかであたたかな暮らしがあります。


ながかみ保育園 0歳児保育室に置かれているポットとコップ


「子どもは生活全体のなかで人格を形成する」ことは以前から言われてきましたが、とくに食事や午睡、排泄などの生活場面を含めた「暮らしの質」に目を向け、改善を行う園が増えてきました。

012歳児の一斉型保育を替えた園は、まずは園長や主任が他園の保育を見学に行く、園同士で保育者を交代して互いに研修しあうなどして新しい方法を獲得されているようです。保育は着実に変わっています。研修時間が不十分ななかでも学び改善を続けられる姿勢には、本当に頭が下がります。

最新ままごと事情2014/02/18

先日保育園で、ごっこ遊びには家庭生活が見えるという会話をしているときに、最近のままごとではパソコンを使うんですよ」と先生。
「ねえ、今日の晩御飯何がいい?」(母役)
「チャーハン」(子ども役)
「チャーハンね」といって、お母さん役の子どもはパソコンの前へ行き、マウスを動かして調べる真似をするそうです。
・・・「クックパットを見てるんだ!」と笑いました。

別の園では、二人の女の子が、とても忙しそうにお料理を作っていました。
「大人って、あんなに忙しそうに見えてるのかね」と、園長先生たちと笑いました。そのうち、その子はクラスの子に向かって、「だれか~保育園の先生やって」と、他の子を誘いに行きました。忙しそうにご飯を作って、赤ちゃん人形を抱くと保育園へ連れていき、先生に「お願いします、お願いします」と頭を下げています。先生も私も苦笑。赤ちゃんを抱いて連れて帰ると、赤ちゃんはほったらかしでご飯を作っていました・・・。


小学館の保育雑誌「新幼児と保育」では、今年は「飾らない保育環境」をテーマに保育室の環境を取材してきましたが、4月からは、お家ごっこの環境、仕事ごっこの環境、言葉を育む環境、表現活動を育む環境など、子どもの遊びがひろがる保育環境の連載が続きます。
でも私が撮った写真は、ピンボケのために雑誌ではボツになることが多いのです・・・。先生方の実践はすばらしいのですが、残念。

ときわ保育園さん(森町)のごっこ遊びの空間はどのクラスも魅力的。間仕切りの工夫も真似してみたい。


実物大のねこのぬいぐるみも、会話がはずむきっかけになりそうですね。


幼児期には、料理のお手伝いをしたり掃除をしたり本物の生活技能を身に着けていくことも大事です。
加えて、「自分の思い通りになる」想像の世界で遊ぶことも、やはり経験させたいもの。ファンタジーの世界は、自分の思い通りにふるまうことができます。思い通りにはならない現実があっても、ごっこの世界を通すことで、その子なりに受け入れられる形に変えることができます。たとえば小食で食事のときにたくさん食べるように言われていたある子は、いつも人形に食事を食べさせる遊びを繰り返していました。男の子でも女の子でも、家庭のごっこ遊びは必要です。幅広い年齢が一緒に遊べる遊びですから、夕方の異年齢で遊ぶ空間では特に活用したいですね。

お家ごっこ遊びの環境としては、「お皿とコップとプラスチックの食べ物」が一般的ですが、それでは、お皿に並べるか、飲むか食べる真似しかできません。「新幼児と保育」の春号では、どのような環境があれば遊びがひろがるか、園庭、屋内のさまざまなお家ごっこの写真をまとめていただきました。お楽しみに。

保育園の豊かな食事2014/01/16

保育園へおじゃますると目をひかれるのが、子どもたちのお昼ごはんやおやつ。
手作りで野菜もたっぷり。ほんとうに美味しそうです。
目の前で給食の先生が準備してくれた湯気の上がるあたたかい食事を食べることができるなんて幸せですね。
今日は、6つの園の実践をご紹介します。

水差し、お花や観葉植物が各テーブルに置かれています。果物はグループごとに分けて食べます。


保育室のテーブルで、テーブルクロスを敷いて、カレーライスを食べています(3・4・5歳)。


保育室で食事をしている1歳児のテーブルの様子。お茶が入ったピッチャーは、子どもが自分でつぐ大きさです。


レストラン形式でおやつを食べに来る子どもたちの様子。1歳の子どもたちは、先生がテーブルにおやつを準備する頃になるとレストランにやってきて自分で椅子に座ろうとします。

毎日、こんな離乳食を出しているだけで、保護者への素晴らしい子育て支援になっているといえないでしょうか。


今日の給食をスライドショーで掲示。箸置きを使っているのですね。豊かな食事風景です。


国の「食育基本法」に基づいて、幼稚園や保育園では「食育」を推進しています。毎日の食事のメニューと、食事の雰囲気は、隠れたカリキュラムといえます。給食の先生たちが食事を作る様子を見て、心づかいのある空間で、食べ物の湯気や香りを感じながら楽しく食べること自体が、何よりの「食育」になっていると思います。

紹介させていただいたのは、ながかみ保育園さん、やまぼうし保育園さん、エミール保育園さん、こまつ保育園さん、なかぜ保育園さん、なごみ保育園さんの実践です。いつも素晴らしい実践をお教えいただきありがとうございます。